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バブル崩壊の日本語学校の犠牲となる留学生

原文著者 :出井康博(いでい・やすひろ)・ ジャーナリスト


新型コロナウイルスの感染が拡大し、新規に来日する留学生が激減した。留学生数は昨年1年間で2割近く減り、2020年末時点で28万901人まで落ち込んでいる。その結果、大きな打撃を受けているのが日本語学校である。

 コロナ禍前の数年間、日本語学校業界はバブルに湧いていた。政府が進める「留学生30万人計画」のおかげで、留学生が急増したからだ。30万人計画が始まる前年の2007年には308校だった日本語学校の数は19年末までに774校へと膨らんだ。毎年のように定員を増やし、規模拡大を続けていた学校も少なくない。そうした日本語学校が、コロナ禍で苦境に直面している。

 専門学校や大学にも、危機感を強めている学校が多い。とりわけ、日本人の学生が集まらず、日本語学校を卒業した留学生の受け入れで、経営難を凌いできた学校はそうだ。


 外国人が海外から直接、日本の専門学校や大学へ進学しようとすると、留学ビザ取得に一定の日本語レベルが求められる。ただし、日本語学校の卒業生の場合、進学先となる専門学校などが認めれば、語学力を問われず入学できる。そこに着目し、日本語能力の乏しい卒業生までも、学費稼ぎのため受け入れる専門学校や大学が増えている。

 留学生が日本語学校に在籍できるのは最長2年だ。コロナ禍によって新入生が急減し、来年以降は卒業生も大幅に減ることが見込まれる。留学生頼みの専門学校などが危機感を抱くのも当然だ。

 一方、日本語学校としても、2年で留学生を手放したくはない。自ら専門学校を設立し、内部進学させようとする動きも目立つ。逆に、専門学校や大学が日本語学校の運営に参入するケースもある。まさに留学生をめぐって争奪戦が繰り広げられているわけだ。そんな中、進路妨害などの人権侵害を受ける留学生が少なからず存在することは、世に全く知られてない。

 4月初め、見知らぬ日本語教師の女性から筆者にメールが届いた。女性が最近まで勤めていた関西地方の日本語学校で、留学生が系列の専門学校への内部進学を強要されているというのだ。

 日本語学校の留学生が専門学校や大学を受験する際には、「成績証明書」や「出席証明書」、「卒業(見込み)証明書」などが必要となる。そうした証明書の発行を学校側は拒み、留学生たちが希望する進路を妨害していた。系列校に内部進学させ、引き続き学費を徴収するためである。

 こんなことは、日本人の学生相手には絶対に起こらない。たとえば、ある高校が学生に対して突然、「系列の大学にしか進学は認めない」という方針を打ち出せば、保護者やマスコミを巻き込んで大騒ぎになるだろう。しかし留学生に対しては平然と起き、問題が表面化することもない。

 本来は、被害を受けた留学生たちが声を上げるべきところだ。しかし、彼らは被害を訴えるに十分な日本語能力を身につけておらず、助けを求める当てない。また、在籍先の日本語学校を恐れてもいる。学校が「ビザ」を通じ、留学生への絶対的な支配権を握っているからだ。

 留学生は学校に嫌われれば、ビザ更新の手続きを取ってもらえない。転校の自由もないので、日本に留まれなくなってしまうのだ。事実、学校が素行不良とみなしたり、学費の支払いが滞った留学生を母国へ送り返すケースもよくある。だから被害を受けても耐えようとする。

 さらには、留学生たち自身の“事情”もある。近年急増した留学生には、出稼ぎ目的で、多額の借金を背負い来日しているアジア新興国出身者が数多く含まれる。彼らは留学生に許される「週28時間以内」の就労制限を超え、アルバイトに励んでいる。その後ろめたさも、外部に助けを求めようしない要因となる。

 過去に筆者は、留学生に対する人権侵害の具体的な事例をいくつも取材してきた。学費の支払いが滞った留学生から、パスポートや在留カードを取り上げていた学校もあった。寮の狭い部屋に数人の留学生を詰め込み、相場よりはるかに高い寮費をボッタクっている学校も何度となく目の当たりにした。系列校への内部進学強要にしろ、これまで何件もの情報が届いている。そのひとつで、私が1年以上前から取材している、北関東のある日本語学校で起きた事例について述べてみよう。

 この学校も留学生に証明書の発行を拒み、外部への進学や就職を阻止していた。そのやり方はこうだ。留学生の卒業が近づいた頃、学校側は突然、日本語の「卒業試験」を課した。日本語学校を卒業しても学位は得られず、留学生は習得した語学力に関係なく、最長2年で「卒業」となる。つまり、学校は必要ない「卒業試験」を敢えて実施していた。そして一定の点数を取れなかった留学生に対し、証明書の発行を拒んだ。しかも、試験後に急きょ、合格点を引き上げるという姑息な手段まで使ってのことだ。

 多くの留学生が、内部進学に応じるか、さもなければ母国へ帰国するしかなくなった。困った留学生たちは、最寄りの入管当局に助けを求めた。

 留学生たちにとって、「入管」は怖い存在だ。とりわけ出稼ぎ目的で、「週28時間以内」を超えてアルバイトに励んでいる留学生たちは、入管当局に違法就労が発覚し、ビザ更新ができないことに怯えて暮らしている。入管に助けを求めるのは、留学生には勇気の要る行動だ。それほどまで、彼らは追い込まれていた。

一方、法務省出入国在留管理庁(入管庁)は、日本語学校の監督する立場にある。学校が守るべきルールとして、「日本語教育機関の告示基準」を定めている。基準に違反すれば、学校は入管庁に「告示」を抹消され、留学生の受け入れができなくなる。

 その解釈指針には、告示抹消となる留学生への「人権侵害行為」として、パスポートや在留カードの取り上げと並び、以下の具体例が書かれている。

 <進学や就職のために必要な書類を発行しないなど生徒の進路選択を妨害する行為>

 この行為が、まさに起きたのだ。

 しかし入管当局は、留学生たちの訴えに耳を貸さなかった。そのため多くの留学生が希望の進学や就職を諦め、内部進学に応じるしかなくなった。彼らの中には、日本への留学時に背負った借金が返済できていない留学生もいる。母国へ帰れば、借金だけが残ってしまう。だから嫌でも、内部進学するしか道がないのである。

 筆者は昨年初めに学校関係者から情報を得て以降、被害に遭った留学生たちと会い、証言を集めた。その過程で、学校経営者らが留学生たちに対し、内部進学を強要している音声データも入手した。そうした情報をもとに学校側を取材したが、内部進学強要に関する答えは返ってこなかった。

 入管庁にも見解を問うてみた。同庁は、問題の日本語学校を「必要に応じて調査する」と答えた。また、調査で「悪質性が認められれば、告示から抹消する」とも明言した。だが、以降2カ月が経っても、調査が実施される気配はなかった。

 そこで私は、旧知の政界関係者を通じ、内部進学強要問題について詳細に記した拙稿を入管庁幹部に渡してもらった。すると直後、同庁は慌てたように、拙稿で取り上げたベトナム人ら複数の留学生への聞き取り調査を実施した。

 調査があったのは昨年7月である。しかし、いつまで経っても結果が明らかにならなかった。留学生に内部進学を強要した日本語学校への処分がなされた形跡もない。

 調査から丸9カ月を経た今年4月、筆者は入管庁に対し、調査結果と処分の有無について尋ねてみた。関西地方の日本語学校で勤務していた日本語教師の女性から、内部進学強要問題の告発メールを受け取った直後のことだ。それ以外にも、他の日本語学校や専門学校においても同様の人権侵害起きているとの情報が、私のもとに届き続けていた。

 だが、入管庁の対応は冷たいものだった。「個別の事案に関する内容については回答を差し控える」と述べるだけで、問題の日本語学校に対する処分の有無すら明かさない。どうやら処分する気はなさそうだ。留学生たちへの聞き取り調査を実施したのも、政界関係者の顔を立てたに過ぎないのだろう。

 日本語学校が明確な法令違反を犯し、その証拠も揃っているというのに、入管庁は何ら処分せず、見て見ぬフリを決め込んでいる。これでは、悪い学校がのさばり、留学生への人権侵害が横行するのも当然だ。

 コロナ禍が長引けば、日本語学校に加え、一部の専門学校などでも経営難が深刻化していく。そのとき、学費収入を確保するため、学校が留学生への締めつけを強める可能性がある。日本人の目につかない現場で、留学生たちへの人権侵害がさらに増えないとも限らない。入管庁には、監督官庁としての役目を果たす責任がある。

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